ー 過去記事いろいろ ー


      

                                                    

 
         父・日夏英太郎の命日  
        1952年9月9日 






   
                       
               
2015年9月9日記

 今日は、1952年9月9日に亡くなった映画作家・日夏英太郎の命日でした。
  
 父が亡くなって、もう63年の歳月が流れました。
 しかし私が、父がジャカルタのプタンブラン墓地に眠っていることを知ったのは、15年前に過ぎません。
 
   父は、私が生まれて直後の1942年11月に、日本陸軍報道班員(軍属)としてジャカルタに赴いたまま、
 戦後も帰国せず、行方不明のまゝでしたから。

 日夏英太郎は、「数奇な人生を歩んだ映画人」としても知られている。
 没後、63年が経ち、父の名前を知る人も最近では極端に少なくなってしまったが・・・。

 下記に、私の著書とHPを書いておきますので、まあ、「こんな映画作家もいたのか」と目を通していただければ、嬉しいです。

       日夏もえ子著『越境の映画監督 日夏英太郎』

        HP「越境の映画監督 日夏英太郎」

 毎年、私は父の命日をしかと記憶している訳ではありません。
 たいがい9月末ごろになって、「確か9日が命日だったなぁ」と思い出す程度です。
 お位牌が仏壇にないせいかも知れませんね。

 今日は父の為に煮物を作って、仏壇に供えました。
 
 プタンブランにお参りした2004年11月の光景が目に浮かんできました。

 あの時は、息子が計画して、費用をすべて持ち、連れて行ってくれました。

 私は諸事情からジャカルタまでは行けないでいますが、いつかは再度お墓参りをしたいと思っています。

 (幸い、発展途上国の仕事を多くしている息子が、インドネシア諸地域にも行く機会があり、帰途ジャカルタに立
  ち寄り父の墓参りをしてくれています)
 

                           


                                    

           日夏英太郎

          
巷に粉雪の降る日
            あの子は水色のシオオルに、白蝋のような首を埋めて
          灰色の映画工場の中へ消えて行く

          及川道子
          千早晶子
          山田あけみ

            みんな、みんな寂しそうだ
            後れ毛の額に垂れて見ゆも、悲し

                        まどりがる・なんばあ・わん
                       (「下加茂」昭和7年2月号)

 

   
    
                                                                                       
 

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